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2006年10月17日 (火)

「コーヒーが出ました~」 の違和感

「コーヒーが出た」
という表現を聞いた。

まぁ、普通、「コーヒーが出る」「コーヒーが出た」
から思い浮かぶ情景は、
目の前に、コーヒーが差し出されることであろう。

だが、彼女が言った「コーヒーが出た」は、そうではない。
彼女は、「○○さ~ん、コーヒーが出ました~」と、給湯室から叫ぶ。

挽いたコーヒー豆をフィルターにかけ、
お湯を注いで抽出したことを指して、こう言っていたのだ。
(えっとぉ、「ペーパードリップ」ってやつ? ↑ちょっと、この説明の仕方おかしいかな)

私は、最初それを聞いた時、非常に違和感を覚えた。

普通は、
「コーヒーを入れる」「コーヒーを入れた」
という表現をすまいか?
あるいは、
「コーヒーが入る」「コーヒーが入った」
も許される表現だろうか・・・

しかし、彼女によれば、
「コーヒーを入れる」ことは、
「コーヒーを出す」と言うらしい。
「コーヒーを入れた」は、
「コーヒーが出る」と言う。

根拠は別になく、
ずっと前からそう言っていたので、本人はおかしくないらしい。
(ま、そりゃそうだ)

そこで疑問。
では、お客さんの前にコーヒーを差し出すことは何と言うのか?

彼女曰く、
「コーヒーを置く」
だそうだ。

では、自分の前にコーヒーが差し出されることは何と言うのか?

再び答えて曰く、
「コーヒーが出てくる」か、「コーヒーが出てきた」
だと言う。

うっ・・・
一応、ちゃんと、使い分けがあるみたいだ。
彼女の中では、矛盾なく成立する用法らしい。

もう私に、彼女を問い詰める材料と理由はなくなった。

で、諦めた頭で思いをめぐらしてみると、
まぁ、確かに、視点を変えれば、
うちの母は、
「いいダシが出た」
と言っていた。

これは、普通、
「ダシを取る」、「ダシが取れる」
だが、
小さい頃から聞いているせいか、
あまり違和感を覚えない。

「昆布からダシが出る」というのも、普通に聞くから、
「いいダシが出た」でも、いいのかもしれない。
「昆布は海の中でダシが出ないのは何故?」という、有名な問い掛けもあるくらいだし。

だとすれば、「コーヒーが出た」を、
「コーヒーの成分が抽出された」という意味で使う彼女も、
責められる筋合いのものではないのかもしれない。

あぁ、そう言えば、
確かに、「水出しコーヒー」という言葉もある。
これは、コーヒーの成分を、お湯ではなく、水で抽出するということだから、
「水でコーヒーを出す」と言えなくもない。

一応「水出しコーヒーとは」で検索してみる。
http://www.sports-kojak.co.jp/sanjyou/sanjyou.htm
によると、
==引用========
 通称:ダッチコーヒー
 水出しコーヒーは、旧オランダ領元ジャワ諸島でそこに住むオランダ人が、
 水採りコーヒーとして抽出したものが始まりと伝えられています。
 長時間かけて冷純水で抽出。
============

とある。なんかおぼろげに聞いた記憶がある・・・
元は、「水採りコーヒー」ですか。

http://www.kimameya.co.jp/mame/mizudashi-iroiro.html
によると、
==引用========
 水出しコーヒーとは、その名の通り「水で抽出するコーヒー」のこと。
============

あ、これ、一番分り易い! これ以上の説明はないでしょ。

※このページには、ドリップ式は「2時間程かけて抽出します」と書かれているけど、
 以前やった時には、もっとかかったような気がする。(ひと晩くらい)
 記憶違いかなぁ・・・ あ、量の問題か?

http://www.applied-net.co.jp/maker/2006/zakka/waterdripcoffee/waterdripcoffee.html
によると、
==引用========
 水出しコーヒー(別名:ウォータードリッパーコーヒー)は、専用の機材を使って、
 少しづつ水滴を落としてゆっくりと時間をかけて抽出(長時間低温抽出)する~
============

と。

色々な説明の仕方あるのね。
ま、ともかく、「水で抽出する」のが「水出しコーヒー」。
水で抽出するか、お湯で抽出するかの違いだけなんだから、
なら、「お湯でコーヒーを出す」でもいいじゃないか!
というのが彼女の思いなのかもしれない。
(いや、そこまで考える彼女ではない・・・
 「フロッピー、コピーしといて」と言われて、コピー機でフロッピーディスクの姿撮りをしてしまう彼女だから)

 

~閑話休題~

ところで、それとは別に気になっていること。(深く関連することではあるが)

なぜ、「いれる」に「淹」の字を使うのか?

「入れる」を「淹れる」として表記されている場合を、結構見かける。
「淹」という漢字には、もともと「い-れる」という読みはないのだが、なぜ、この字を使うのか疑問・・・
国語辞書を引くと、「入れる」の説明で、
(11)「茶碗などの容器に湯茶をそそいで飲めるようにする」
・・・・・・・(11)は「淹れる」とも書く。
と書いてあるのだが、どうしてこの字を使うようになったかの由来が分らない。

ということで、調べてみると、こういうページがあった。
http://www.justsystem.co.jp/atok/information/tea/tea_2.html
読んでみて、なんとなく分ったような気がした。

ただ、「煎れる」に関しては、文法上、おかしいんじゃないかと思っている。
これについては、なにか、歴史的な背景があるのかもしれないが、調べきれていない。

いや、別に、天下のJUSTSYSYTEM様のコラムに喧嘩売るわけじゃないんだけど、
なんか、気持ち悪い。文法的に考えると。

http://www.asahi-net.or.jp/~FV6N-TNSK/gates/fep.html
にも、
JUSTSYSYTEMの見解として、
==引用========
「淹れる」という言葉は、湯を注いでお茶を作る意味で、茶葉を煮出して作る時は「煎れる」という言葉を使います。
============

というのが見られる。

う~む!?

だけどさ、文法的に考えれば、
「煎れる」は、「煎る」から転じた可能動詞だよね?
とすれば、「煎れる」は、「煎ることが出来る」という意味だから、
「入れる」と同列に並べるのは、違和感があるのだが、そういう辞書的な解釈ではいけないのだろうか?

その後、なにやら、文学的表現として正しいんだというような記述も見つけてしまった。
どうも、お茶の歴史を調べないといけないらしい。
が、ちょっと、今は無理なので、後で調べるとしよう。

「コーヒーが出る」「コーヒーを煎れる」
この二つ、なんか違和感の残る表現だ。

最後に、
ちょっと、Googleさんの検索結果

「お茶 入れる」→ 3,910,000 件
「お茶 淹れる」→ 194,000 件
「お茶 煎れる」→ 27,200 件

数字の大小をもって、正しい・誤りは言えないが、

「コーヒー 入れる」→ 4,080,000 件
「コーヒー 淹れる」→ 255,000 件
「コーヒー 煎れる」→ 32,200 件

やはり、「入れる」が一般的ということは分る。


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